美術教師照井とし子W  

「中学生の絵の世界」出版にあたって

                             元 岩手県一関市立桜町中学校教諭 照井とし子

照井とし子美術教育論T

◆精神的なものを重視

中学校美術は、それ自体が苦難の道に立たされていると思います。
中学生の生活は忙しく、受験という荷物を背負わされている上に、
スケジュールがいっぱいで、余裕がないのが実態だと思います。

私が美術教師として経験した中のある一時期は校内に受験教科尊重の気運が強く、
芸術教育は軽視され、発言することすら差し控えねばならないような雰囲気の中に暮らしていました。

しかし、事の大小こそあれ、どこの中学校にもこうした雰囲気は今もあるのではないかと思います。
ほんとうはすべての原因となる重大なことなのに、いかにも当然であるかのように流れてゆくものです。
なぜこのようなことを書くかと申しますと、やがて全教科が調和して、
学校経営の中に情操教育がはっきりと位置づけられた時代を迎えたときに、
それが孤独の戦いを続けていたときよりも、多くの生徒たちの心の中に、
どんなにすばらしく浸透していったかという証明が、この画集であるからです。
100%受験という同じ条件の中でここまで出来たという証明でもあるからです。

私は苦難の時代を経験したことをとても感謝しています。
もちろん、苦しい時代に温かいご協力をいただいた仲間のことも決して忘れません。
私に苦難の時代がなかったら、思春期の生徒たちに精神的な豊かさを与えることの重大さ、
芸術による人間性の教育の大切さ、創造性を培うことのすばらしさが、
これほど強く私の心に残らなかったかもしれないからです。

受験校であるということは、芸術軽視の第一の障害ではありません。
それはかくれみのであって、障害は美術教育をとりまく人々の人間性、
ものの考え方の問題にほかならないということがはっきりとわかりました。
受験校であるからこそ、情操教育をしっかり打ち立て、生徒の心を支えていかなければなりません。
これが真実なのです。
しかし理論は簡単に言えますが、その実現は現実としてむずかしい問題をたくさん持っていると思います。
でもこのことは、やがては生徒の姿の上に現れて来る重大なことであると私は思います。

苦難の時代に、私はいろいろな研究会に出席し、すばらしい指導者にお目にかかり、
美術教育の原理と具体的な諸問題についてご指導いただきました。
その貴重なお言葉を現実に生かしながら、私なりに工夫、努力してまいりました。
苦しいときもうれしいときも、それは私の血となり肉となって、長い間私や生徒たちの活動を支えてまいりました。
どんなときにも心の内に確信のように生きて来た言葉をみなさまにもお伝えいたしたいと思います。

林健造先生には、生徒の精神を支えることの重大さと、主題設定の指導について。
藤原徳太郎先生には調和の精神とお励ましを。
伊藤正吉先生には計画性の重視を。
故桑原実先生には、画面の整理の指導について。

それらのお言葉は、長い苦闘の中で、生徒の作品や人間性や生活の中に現れていると思います。
具体的に申し上げますと私はこの受験戦争の現実の中でも、
美術科においては、次のような生徒に育てなければならないと心に描き、そのことのために努力してまいりました。


★美しいものを美しいと感じる素直な心と感性の鋭い生徒に育てたい。
★芸術がわかり、生活の中で芸術を愛してゆける人間に育てたい。
★表現活動の中では、困難を乗り越えて創造の喜びに達するための
 根気と集中性のある、創造的な生徒に育てたい。
★生活の中に美的センスを生かし、心豊かな生活ができるように、
 人に対するやさしさと心のゆとりを持った生活態度のある生徒に育てたい。


以下、細かい実践例になりますが、まずたくさんの美術雑誌をバラバラにして、一つは東洋・西洋を時代ごとに、
一つは領域ごとに、鑑賞教材を二通り造って、表現以前の環境構成に気を使い、廊下は常に花のある画廊であり、
廊下を通るときすでに導入の世界に入っていけるよう配慮いたしました。

これでは暴れたくても暴れられません。
授業では、人間と芸術のかかわりあいについて話を進め、偏差値の高低だけで人間の価値は決して決まらないこと、
一生懸命勉強することは大切だけれど、一人一人誰にもその人だけが持っている価値があること、
ほんとうの価値とは何かを話し続けました。

風景の教材に入る前には、風景の表現の変遷を、人物表現のときには、人物表現の歴史を話し、
廊下にはその都度、鑑賞教材をそっと替えておきました。

絵を描く、物を造るということは、そのものに愛情がなければできないこと。
描く前に心が大切であり、描くものがないということは、心の眼がないこと。
絵を描く、物を造るということは、暇つぶしではなくて、
人生を真面目に生きることである

ことなど、文学、音楽をはじめ、多角的な面から面白く話を進め、
美しいと感じる心の眼、表現しようと思う意欲をゆさぶり、導入に時間をかけました。



#15◆照井とし子美術教師館#15-1◆はじめに#15-2◆推薦の言葉、林健造#15-3◆照井とし子美術教育論T

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